潮風の香りの中で… 34
どうやら奥多摩へ向かっているようだ。
「ねえ、ありさお姉ちゃん、どこまで行くの?」
周囲からはすっかり人家がなくなり、真っ暗な山塊と星空それに道路の外灯がときどき見えるだけだ。
「うふ、もうちょっとよ」
運転席からありさが言った。
仕方なく正男はベッドの上に寝そべっていた。
やがて鉄道が接近してくる。青梅線だ。
「どこへ行くんだろう?」
こんな山中に知り合いなどいないはずだ。
少し心細くなりかけたころ、ようやく車が止まった。
どこかの駅前のようだ。
「さあ、着いたわ」
ありさが明るい声で言った。
あたりは真っ暗だ。
「ありさお姉ちゃん、ここどこなの?」
「ここはね『氷川の名水』というおいしい水が湧いている場所なの。この水を汲んで貯水タンクに入れるのよ」
「でも、こんな真っ暗な中でやらなくても……」
正男は心配げに言った。
「ううん、心配無用よ。ほら」
ありさが運転席のボタンを押すとタンクのそばからバキュームみたいなものがうねうねと伸びて、湧水の中に浸かる。
『ヴィーン』と音を立てて、水を吸い取っていく。
「コンピュータ管理だからいっぱいになるまで給水するわ。ちょっと時間がかかるけどね」
「へえ、すごいなあ」
正男は感心するように言った。
山の中だが、ときおり通る青梅線の電車の音が聞こえてくる。
「正男くんちょっと降りてみない?」
「うん」
二人は車を降りた。
「うわあ、すごい」
「きれいね」
夜空には満天の星がきらめいていた。
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